川邊 透さん(昆虫図鑑サイト「昆虫エクスプローラ」管理人)に、身近な自然にひそむゴキブリについて寄稿いただきました。
里山や都市公園で暮らすモリチャバネゴキブリから、お馴染みのクロゴキブリまで、いきもの愛あふれるエピソードが満載です。
著者:川邊 透
虫系ナチュラリスト。
日本に生息する身近な昆虫をメインに、さまざまな生き物の生態写真を撮り続けている写真家。イラストレーター。
昆虫図鑑サイト「昆虫エクスプローラ」、ブログ「むし探検広場」管理人。いもむし・けむし専門のサイト「芋活.com」共同管理人。
著書に「新版 昆虫探検図鑑1600」(2019 全国農村教育協会)、「癒しの虫たち」(共著、2019 repicbook)などがある。
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ゴキブリ、知らず嫌いしていませんか?
ゴ・キ・ブ・リ
この四文字を目のあたりにしたみなさんの胸の内にはいったいどんな感情が渦巻くでしょう……
それは決してポジティブなものではないですよね。
無理もありません。夜になると部屋の片隅に忽然とあらわれる黒い影。しかもてらてら怪しく光っている。逃げ足が速く、時と場合によっては翅を広げ顔をめがけて飛んでくる。屋内害虫の代表選手、その名はクロゴキブリ(Periplaneta fuliginosa)。ありとあらゆる昆虫が好きな私もこの虫ばかりは苦手です。
でも、それは、ゴキブリという生き物のほんの一部の姿でしかありません。
日本国内には約50種類ものゴキブリが生息しています。もともと熱帯~亜熱帯に多い生き物なので、その多くは南西諸島を中心に分布していますが、里山や都市公園などの身近な自然でも様々なゴキブリたちがひっそりと暮らしています。
ここでは、身近な自然で平和に暮らすゴキブリたちの魅力をご紹介し、ゴキブリという生き物を(食わず嫌いならぬ)「知らず嫌い」している方々に少しでもゴキブリ好きになっていただくことを目指したいと思います。
ゴキブリたちとの出会い方
さて、では見つけたらうれしくなるようなゴキブリたちに出会うにはどうしたらいいでしょう。
まずはモリチャバネゴキブリ(Blattella nipponica)を探すのがオススメです。
とくに幼虫は目につきやすく、薄暗くて落ち葉の多い場所の地表でよく見つかります。大きさ1cmほどの小判型で、黒い体の両側に白っぽい帯があるのが特徴です。この帯はよく見ると半透明になっているのがわかります。落ち葉や石の上をちょこまかと這いまわる姿は愛嬌たっぷりです。
写真提供:川邊 透
幼虫より一回り大きい成虫は「チャバネ」と名につくとおり茶色い翅をもち、地表や樹上で見られますが、クワガタムシやカナブンに混じってクヌギなどの樹液に来ていることもあります。
写真提供:川邊 透
古びた飲食店などでたまに見かける屋内害虫チャバネゴキブリに近い種類で見た目もよく似ています。でも、テーブルを這うチャバネゴキブリは鬱陶しいのに、野外で見かけるモリチャバネゴキブリは成虫も幼虫もどこかオシャレに思えてしまうのは不思議なことです。
次に見つけたいのがヒメクロゴキブリ(Sorineuchora nigra)です。成虫になっても8mmほどしかなく樹上の葉陰などに隠れていて少し見つけにくいですが、頭部は赤茶色で胸部の大部分が透明、翅には繊細な網目模様があり、ルーペや虫メガネを使ってよく観察するとゴキブリのマイナスイメージを一挙に払拭する美しさです。写真は口器を使って触角を掃除しているところですが、このような何気ないしぐさも可愛らしいものです。
写真提供:川邊 透
幼虫も樹上で見つかりますが、とくにまだ小さな頃の幼虫は丸っこいお尻が目立つ愛らしい姿をしています。
写真提供:川邊 透
そしてもう一種類、身近な自然の中でぜひとも見つけたいのが、森の王様オオゴキブリ(Panesthia angustipennis)です。
オオゴキブリとの出会いあれこれ
オオゴキブリ。なんと恐ろし気な名前でしょう。実際、その名のとおり巨大なゴキブリです。おなじみのクロゴキブリは体長3cm弱ですが、オオゴキブリは4cm越え。でもご安心を。幸いなことにこのゴキブリは足が遅く、翅が短いのでまず飛ぶこともありません(個体によっては無翅の場合もあります)。つまり基本的に予測不能の動きはしないので安心して観察することができます。
朽木の内部や樹皮の裏側に生息し、成虫も幼虫も朽木を食べて暮らしています。森の生態系の中で植物を土に返すというとても重要な役割を担っているのです。おもに照葉樹林など自然が豊かな場所で見られますが、都市部の大きな公園でも見つかることがあります。
ある日、京都・宝ヶ池の畔を歩いていた私は、適度に朽ちていてなんとなく胸騒ぎのする朽木を見つけました。近づいてみたところ、樹皮の裂け目にトゲトゲの脚がはえた黒い物体が覗いているではありませんか。
写真提供:川邊 透
そばに落ちていた枯れ枝を使って外に誘い出すと立派なオオゴキブリが出てきました。
写真提供:川邊 透
まるで甲虫のようながっしりとした硬い体をもち、動きが緩慢なので簡単に手づかみにできます。脚のトゲが刺さると痛いのでそこは注意が必要ですが。
このように朽木に潜んでいることが多いものの、東京の高尾山では樹木の幹を堂々と歩くオオゴキブリに出くわしたことがあります。明るい場所が苦手なので日中に活動する姿を見かける機会は少ないですが、どんより曇った日に薄暗い森の中を歩いていたことが幸いしたようです。カブトムシのメスを長く縦に引き伸ばしたような体でのそのそ歩く迫力たっぷりの姿が今も目に焼き付いています。
写真提供:川邊 透
奈良公園の大仏殿の近く、観光客が行き交う遊歩道脇の朽木でも出会いがありました。
見つけたオオゴキブリを人目を忍んで握りしめ、カメラを取り出して顔の写真を撮っていたら、その風貌がスターウォーズのダースベイダーに似ていることに気づいてしまいました。このアンチヒーローは鎧兜に身を固めた戦国武将がモデルになっているようですが、そういえばオオゴキブリにもどこか武将の面影がありますよね。
写真提供:川邊 透
オオゴキブリと暮らしてみたら
外国産のゴキブリはペットとして飼われることも多いのですが(『ペット用ゴキブリ!?熱帯倶楽部さんに聞いた人気種と飼育のコツ』)、私も採集したオオゴキブリを飼育したことがあります。
とある中学校の特別授業で昆虫の話をする機会があり、本物のオオゴキブリを生徒たちに見せたくて飼い始めたのです。
100円ショップで購入したケースに適度に湿らせたクヌギ材の昆虫マットを入れ…準備はたったこれだけです。朽木を食べる生き物なのでマットがそのままエサになります。この簡単セットにオオゴキブリを入れ、暗くて静かな場所に置いておけば機嫌よく暮らしてくれました。
そして、特別授業でオオゴキブリはたいへんな人気者になりました。最初は想定外の大きさのゴキブリ出現にギャーギャー騒いでいた生徒たちも、私がおとなしいオオゴキブリを手乗りにしてみせると様子が一変し「自分も触ってみたい」と言う生徒さえ出てきました。男子よりもむしろ女子のほうが平気で巨大なゴキブリを腕に這わせているのは意外なことでした。
授業が終わったあともオオゴキブリを飼い続けていたのですが、ある日、飼育ケースを覗いてみて驚きました。なんと小さな幼虫たちが生まれていたのです。
写真提供:川邊 透
写真提供:川邊 透
オオゴキブリは卵胎生といって、卵を産み落とすことはせずお腹の中であらかじめ孵化した幼虫が雌の体外に出てきます。同じオオゴキブリ科に属するクチキゴキブリの仲間は子育てをすることで知られていますが、日本のオオゴキブリはそこまで子煩悩ではありません。
でも幼虫と成虫が集団で暮らしていることは多いのでその仲良しぶりを写真に収めてみることにしました。こういうカットを狙ったわけではないのですが、明るい場所に出された小さなゴキブリたちが母ゴキブリの体の下に潜りこもうとするので、なんだか妙に微笑ましい家族写真が撮れてしまいました。
写真提供:川邊 透
クロゴキブリさえも愛してしまおう
身近な自然に暮らすゴキブリたちのことをいろいろお話してきましたが、少しはゴキブリという生き物に対する見方も変えていただけましたでしょうか?…でもやっぱり、家に出るクロゴキブリはイヤですよね。
そこで、最後に、あのクロゴキブリでさえ「むしろ出てきてほしい」と思えるようになるかもしれない裏ワザをご紹介しましょう。
それは、「クロゴキブリのカッコイイ写真を撮る」という目標をもつことです。
実際、先入観さえ全て捨て去れば、クロゴキブリは大きさ、フォルム、色などカッコイイ昆虫の条件をしっかり満たしています。スマホやコンパクトカメラで簡単に虫の写真が撮れてしまう時代なので、あとは私たちがその気にさえなればいいのです。
冒頭でも触れましたが私も家の中に出没するクロゴキブリが苦手です。
でも「写真を撮る」という目標を持った今は彼らの姿を見かけると少しうれしい感情も湧き起こります。
下の写真は会社勤めをしていた頃に撮影したものです。事務所の床に現れたクロゴキブリを追いかけまわし、机の下に潜りこんで這いつくばりながらようやく撮影できた渾身の一枚です。
同僚にはちょっと白い目で見られましたがとてもうれしい出来事でした。
写真提供:川邊 透
昆虫という生き物はえてして不当に嫌われる傾向にありますが、その最たるものがゴキブリではないかと思います。
2.6億年前ともいわれる太古の昔にこの地球上に出現し、長く命をつないできた彼らの姿や生き様にはたくさんの魅力が詰まっています。
もちろん人家内に棲みついているものは衛生害虫としての側面があるので放置はできませんが、身近な自然には平和に暮らすゴキブリたちがたくさんいることもぜひ知っていただきたいと思います。
そして、公園や野山に出かけた際には、一度彼らの姿を探してみることをおすすめします。
※ここでご紹介した身近な自然で見つかるゴキブリ各種は北海道や本州の東北部には生息していません。